「“不運なる善良”は善か」

社会貢献の度合いに必ずしも比例しない現実の収益


正業の収益は社会貢献が伴ってこそのものではあるのですが、 その逆の表現「社会貢献は収益となって還元される」は必ずしも現実を反映した言葉になっていません。 もし社会貢献が必ず利益になって還元されるものであるならば、利益は貢献度に比例することになりますが、 なかなかそうは行かないのが世の常で、どう見ても社会貢献とは程遠い精神と手法によって増収増益を実現しているケースもあれば、 一方で患者の健康回復と健康増進に寄与する診療方針を打ち出していながらも、いま一つ収益が伸びない歯科医院も存在しています。

“不運なる善良”必ずしも善ならず


善良でありながら経済的に恵まれない人に対するある種の『判官贔屓』の精神が作用するせいでしょうか、 どうしても彼等に関しては善しと評価する傾向にあるようです。
確かに私たち自身もそのような一般的評価に与する精神構造にあるわけですが、 必ずしも“不運なる善良”を無条件に褒め称えているわけではありません。「清貧に甘んじる」という言葉がありますが、 それは一種の自己満足、もっと悪く言うと自己弁護と取られなくもありません。 一人の歯科医師として独立開業する限りは、収益を上げることだけが目標ではありませんが、それも大きな目標の一つであることに間違いはありません。

真の患者利益を考える


患者の真の利益を考えるとき、『利益』という言葉が経済的な意味合いだけで捉えられる傾向にあるため、 患者の経済的負担の少ないことを以って患者利益と考えてしまいがちですが、純医療人としてそれは正しい対処と言えるでしょうか。 私たちは、それは正しくないと考えていますし、多くの患者の真意を探ってみてもやはり同じ答えが返ってくると思います。
医療の購入者である患者は、自分の利益について多角的且つ総合的に捉えています。 治療費という価格は、『自分の利益を最大化するための行動』を決定する際のひとつの要素に過ぎません。 それを何故、「患者はいつも安い方を求めている」と医療側は勝手に判断するのでしょうか。

医療人が陥りやすい誤り


誰しも物を購入するときには安いに越したことはないわけですから、売り手に対して高さを容認するような態度は当然見せません。 そのことをそのまま受け入れてしまっているとすれば、それは少し大人気なくもありますし気弱すぎるとも言えます。
あるいは、医療人としては商売人のように価格交渉をしたくはないと思っている面もあるでしょう。 しかしそのような気弱さや一種の見栄のために、 患者に真の利益を提供する機会を放棄している とすれば、大きな誤りと言えないでしょうか。

価格はサービス購入に際して決定的な要素になっていない


価格の要素は、『予算』という意味では最も基本となるものではありますが、 工業製品と異なりサービス製品は価格よりもサービス提供者や雰囲気や提供過程などの質の方に決定的な要素があります。
色々な歯科医院において、『気に入っている店』や『行かなくなった店』について、その行動の決定的な要因は何かを全員で話し合い、 それを自分たちの医院にあてはめて考える、という院内研修を行っていますが、どの研修においてもすべて同じような傾向値が得られて います。それら要素のベスト3は『サービスの中身』『人材』『提供過程』であり、 『価格』は決定的な要素となっていないのです。

患者利益を最大化するマーケティングを


この 消費行動の原理を理解することなく患者の受診行動を 正しい方向に導くことはできないでしょう。歯科医も売上を増やすためにマーケティングを学べというのではありません。 患者の利益を最大化するためにこそ必要だと言っているのです。そして収益は患者の利益を実現させた時自ずとついてくる ということを理解してもらいたいのです。

この文章は、株式会社DBMコンサルティング発行「Management Club Report Aug.2010/Vol.90」
宮原秀三郎著「Monthly Opinion『コンサルタントの教育論』」の内容を一部抜粋したものです。




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